おやすみなさい




 集いたるは我が友のアパートメント家賃三万八千円、祝杯乾杯してしばらくアルコールの神が舞い降りたがごとく飲み続けていたところまでは覚えておるのだが、気が付けば私、アパートの廊下、突き当たりの用具入れ脇でぐんにょりしておった。

 ああなんだこれどういう状況だろう私の連続線はまた失われてしまったんだろうかなどと考えながらもなんとか立ち上がり外界の情景を眺めやれば、あああ暴力的な朝日が昇ろうとしている。こんなにも優しい夜を殺し、朝がやってこようとしている、日本が始まろうとしているんだと感じ、このような景色は知らぬ、いっそこのままどこか見知らぬ土地へ、ヒンドゥー王国などへ旅に出ようと決意した。

 が、旅立つにしろ自分の靴、財布、その他諸々を保持軟禁しておる友達の部屋へ、一夜限りの戦場と選ばれしノルマンディー三○四号室へ上陸しなければとドアを開けたるその先は、それはもう死屍累々とした地獄絵図であり、しかしながら私は気を奮い立たせ悪臭漂う地獄絵図の中へ足を踏み入れ、五歩目で粘着質な何かを踏みつけか弱き悲鳴など上げつつも、外界で勢力を増していく暴力陽光にぼんやりと浮かび上がる室内、諸々を手にさあ旅に出よう誰も知らない土地へ行こう、そこでマイリトルラバー奥さんと二人、あるいはオーマイリトルガール子供と三人、山羊の乳でも搾りに搾り、慎ましいながらも幸せな暮らしを営もうと思い勇んだ。

 と、そこで我が友が出し抜けに「起きたん?」などと言いやがるので、私は思わずにやけながら「まだ寝てるー」と言った。途端、ああなんたることか、私は唐突に、これが全て夢の中の出来事であると知覚してしまい、それならば夢に夢を重ねることでこの思考をさらなる高みへと飛ばしてしまおうという試みを思い浮かべた。ベッドに掛かったタオルケットを捲り上げ、その下でどんにょりとしておる我が友をごりんごろろんと転がり落とし「おやすみ日本!」と爽やかに言いのけると私は新しい日本の朝にさよならしたのである。おやすみなさい。