微笑みの効果音




A「たとえばさ、この世界が偽物だったら?」

B「偽物?」

A「うん、偽物。本物の私は、西暦3004年で三重スパイなのね。そりゃもう腕利きのエリートなんだけど、その腕を妬まれて、味方の罠で敵に捕まっちゃったの。そんで、私は処罰を決定するまでの間牢屋に入れられているわけなんだけれども、ほら、私って腕利きのエリートだから、脱獄とかできちゃうのよ。それを防ぐ為にね、特別の牢屋に入れられてるの」

B「何の話?」

A「いいから聞いて。牢屋の中ではね、時間がゆっくり進むのよ。と言っても物理的には時間の進み方は変えられないから、その牢屋は内部の人間の感覚の上だけで時間同士の等価変換を、つまり、投獄されている人間の感覚やら思考速度やらを限界までスピードアップされることによって、体感時間を引き延ばすことを可能にしてるわけ。でも、技術がまだまだ未発達で外界と牢屋内の時間差異を数式的に調整することができないのね。だから、外界での一秒が牢屋内では三十年なんていう無茶苦茶な設定になってる。処分が決まるまでの何百何千年とも知れぬ時間、私は牢屋の隅っこで膝を抱えてじっとしてなきゃならないのよ。想像できる?」

B「とても想像できないね。発狂しそうだ」

A「そう、それなのよ。発狂ね。いかに腕利きのエリートと言えども、この状況はちと厳しいわけ。そこで、私は投獄前に博士に遊びで作って貰ったある装置を使うことにした。それは夢を見る機械。私は夢を見ることにした。精神を守る為に。発狂してしまわない為に」

B「その夢が、この世界だって?」

A「そう、冴えてるじゃない」

B「でも、本物としか思えないよ?」

A「そこがミソなのよ。いくら夢を見る機械って言ったって、夢を見るシステムは全て使用者のものに依存するの。あの機械はきっかけを与えてるに過ぎないのよ。それでも結構すごかったりするんだけれどね。で、そこでよ、私が夢の中で"これは夢なんだ"と思うことはマズイわけよ。そりゃそうよね、装置によるきっかけで始まり、意識だけが時間的に引き延ばされた世界で見続ける夢の中、当の私がその夢の世界に疑問を抱くことはタブーなわけ。折角夢を見てる意義ってものが失われてしまう。それは感覚的にわかる?」

B「うん。でもさ、○○(Aの名前)気付いてるじゃん。それって大丈夫なの?」

A「知らないわよそんなこと。気付いちゃったもんは、いや、思い出した、って言う方が正しいか、とにかく、しょうがないじゃない。今もここでこうしてるってことはもしかしたら意外と大丈夫なのかも知れないし、私の本体はもう壊れちゃってて、夢を見続けるだけの植物人間になってるのかも知れない。こっちの私にはわかんないのよ。夢ってそういうもんでしょ? 実際のとこ、こっちの私には全然関係ないくせに、根本的なところは本体にがんじがらめになっていて、どうしようもなく影響は受ける。私はそれが、どうにもムカついててしょうがないのよ」

B「……たとえばの話、だよね?」

A「ええ、そうよ。にこり」

B「にこり?」

A「微笑みの効果音よ」

B「ああ、そう」