シ リ ー ズ ア ラ イ グ マ



 初めはそんなつもりじゃなかった。高橋が死んだ。友達って程じゃあないが、学校外で顔を合わせれば手を振るくらいの仲だった。僕は道路脇で銃を拾って、いいもん拾ったーと思ってさっき擦れ違った高橋を撃ってみたら、倒れた。自分の左手の中の反動と高橋が倒れたって事実が繋がらなくて、しばらく呆然としていたんだけれど、とにかく高橋のもとへ駆け寄った。
 隣りに立つと、まだ彼は意識があった。仰向けにして、「だいじょぶ?」と声をかけた。高橋は、僕の方を―たぶん僕の方だと思うんだけど―を見て、「なん・・・あ」と呟いて、逝ってしまった。僕はとっさに、せめて銃を高橋から見えない位置に隠すべきだったと後悔したけれど、それもこれも全部遅かった。ああすればよかった、こうすればよかったなんてのは、手遅れになった後でしか思い浮かばない。あるいは、それが既に手遅れになったからこそ思い浮かぶ感情なのかも知れない。僕はいつだってそうなんだ。『早すぎる』か、『ちょっと遅い』。
 買物袋が地面に落ちた。オバちゃんが低い悲鳴を上げた。その全てがまるでカーブミラーに映った景色みたいに嘘っぽかった。とっさに逃げ出した自分も、足の裏が地面を蹴り上げる感覚すらも嘘っぽかった。そしてこれが夢なんだと気付いた。夢の扱い方なら少々自信がある。夏休みに寝まくってトレーニングした成果を発揮するときだ。(このまま、誰にも捕まらないところへ)。瞼をぎゅっと閉じる。目を開いたら、そこはもうこの手元の銃なんて関係ない世界。と、自分に言い聞かす。しばらく目を瞑った状態で走り続け、そして、ゆっくりと、瞼を、

 「んで、なんかこうなっててん」
 目の前の銃口に向かって、話し終えた。構えてるのは、僕より3つほど年上に見えるから、高2ぐらいだろうか。男が三人、女が一人。そのうち男二人が僕の額あたりに銃口を向け、残り二人は、やっかいなことになった、とでも言いたげな、手持ちぶたさの目でこっちを見ている。
 「高専戦争のことなら、ニュースやらでえらいことになってるから知ってる。ここがそうなんや?」僕は言った。
 四人とも制服を着ていたし、構えてるなんとかっていうライフルもニュースで見た覚えがある。えらいところに飛ばされた。目を開けると、目の前はフェンスで、それはそれは派手に衝突した。で、起き上がろうとしたら頭にビール瓶の口のようなものが押し当てられた。囲まれていた。しかも四人とも、蛮人に語る舌は持たぬ派らしい。あるいは口がないのかも。ため息が漏れた。自分のため息を聞いて、ふと思い出した。
 「ため息を吐くとな、幸せが逃げるねん」僕は言った。
 銃口を突きつけられるような状況になったときは、とりあえずなんでもいいから喋りつづけること。できれば相手に複雑な思考を与えさせるような話題を。何で読んだのかは忘れたけれど、この無駄な知識は十分役に立っているようだ。僕はまだ撃たれてはいない。
 「一回つくと一個逃げる。二回つくと二個逃げる」
 突きつけられた銃口の向こうの、引き金に掛けられた指に、先よりもいくらか力が抜けていることを視認する。もう少し。
 「それぞれ逃げた小さい幸せはな、十個集めると大きい幸せと交換できるねん」
 数歩先に立っている女の子の口元が少し緩んだ。この距離は厄介だ。僕がルフィかピッコロさんか、あるいはダルシムなら、こんな距離問題じゃないのに。
 「じゃあ、どうやったら小さい不幸は逃げてくれるんやと思う?どうやったら大きな不幸と交換してくれる?」言うには言ったが、反応が返って来るとは予想してなかったので少し驚かされた。
 「少し黙れ」
 なんや自分舌あるんやん。のセリフは、心の奥に留めておくことにした。タタタタタタン、という乾いた音と共に、目の前の男たちが小躍りした。女の子の構えたフルオートのサブマシンガンが、引き金を絞りながら軽く左右に振られる。それだけで十分だった。三人の男が崩れ落ち、少しだけ間を置いて変わりに僕が立ち上がる。
 「黙れはないやろー」と僕は言った。
 「で、どうやったら不幸が逃げてくれるの?」彼女が言った。

 これが僕と彼女の馴れ初め。無茶苦茶だよね。どうせ夢なんだから好き勝手やってくれ、っていう気持ちは少なからずあった。でも、そういうわけにもいかないんだよ。夏休みトレーニングの成果は、確かだった。問題は、一度夢に手を加えると、その後もちょくちょく自分でその話の進む方向性みたいなものを与えてやらなくちゃいけないんだ。どうやらそれが掟らしい、ということに気付いたところで、僕の夏休みは終わってしまった。つーかさ、勢いでこんな展開にしちゃったけど、これからどうすんだよ。全然わかんねぇよ。あー困ったどうしよう。目ぇ覚ましちゃうかな。夢オチって嫌いじゃないんだけど。