シ リ ー ズ ア ラ イ グ マ
喫煙所で紫煙を薫らせていると色んな人に出会う。 「自分、何科?」 男は煙草のソフトケースから一本飛び出た煙草を差し出しながらこう話しかけてきた。 「あー、えっと、化学科? です。C科ってやつ」 「ふーん。俺はE科」 E科っていうのは何の略称だろう。化学科の仲間として受け入れられたとき、副隊長だと名乗る男に各学科の説明を受けた。そのときになにやら現在の戦況や勢力について講義された気はするんだけれど、ほとんど覚えていなかった。Eだから、エレキとか? ああ、電気。なんだかそんな学科があったような、なかったような。 「というわけで、火ぃ貸して」 隣に座った先程の男が咥え煙草で言った。 僕が苦笑しながらライターの炎を差し出すと、男は眉をしかめながら顔を火に近づける。 喫煙所は高専内のほぼ中央に位置していた。つまり激戦区って言っても過言じゃないんだろうけれど、そこだけが戦争なんてものとは無縁のように、ぽっかりと浮いていた。 喫煙家にとって、喫煙所はオアシスであり憩いの家なのだ。また、喫煙所は兵器にはなりえないし本来の目的以外での使い道など皆無であるので、破壊するないし占領するだなんてこと誰も考えない、暗黙の了解のような空気を皆が自然と受け入れていた。 こんな状況で、煙草ぐらいどこで吸ったっていいんだろうけれど、みんな元ここの学生であったときの習性からか、いつどこで教師に注意を食らうかもしれないという暗示に取り付かれて、あるいは喫煙所という場所に何かを、激戦区にありながら浮き出た異空間のようなこの空間に何かを期待して、足を運ぶ者は多い。 僕の場合は単に、どこに化学薬品が転がっているとも判らないような学科で煙草を吸うのがなんだかとてつもなく危険なことのように思えたから、という理由に過ぎないのだけれど。 ぼんやりと黄色くなった天井を眺めながら、戦争内における僕の扱いってこの後どうなるんだろうなどと考えていると、男が出し抜けに 「C科はどんな感じ?」 と言った。 「いや、暇っすよー。僕、無職だし」 「ほーかー。なんや、情報でも聞き出せたらいいなぁって思ってんけどなあ」 情報? 聞き出していいの? 「あー、E科? は、どうっすか? 最近」 「こっち? いや別に。普通やけど」 男が、煙でも入ったのか、単に眠いだけなのか、目を擦りながら答えた。 「普通っすか。なんかほら、すっごい剣作ったとか」 「E−ブレイド?」 「うん、たぶんそれ」 「これ?」 言うと男は腰から缶コーヒーを二本重ねたような円筒の物体を取り出した。 「それ?!」 っていうか、そんな簡単に出しちゃっていいの? 「うん、これ。ほんまはこれちゃうねんけど」 違うんかい。 「これE−セイバーっていうねん。普通の電気剣」 「はえー。電気剣。電気剣?」 「ぶっちゃけビームサーベルやな」 「ああ、わかりやすい」 「E−ブレイドは、もっとこう、感情読んで変形したりすんねんけどな」 「うわ、すごいの作りましたねー」 「持ってへんけど」 「ああ、やっぱり数が少ないとか。ごっつい技術やから」 男は最後の煙を吐き出し、煙草を灰皿に投げ入れた。一拍空けて灰皿からゆらりと煙が上がるのを見て、 「水入ってへんのかい」 と小さくぼやいた。 「なんかな、怖いやん。感情読むとかさ。ごっついえげつない形なったらさ、仲間に見られんのいらんやん」 「はあ」 「だからあんまり使わんようにしてんの。旧式でなんとかなっちゃったりするし」 「へえ」 「ほんまは持ってんねんけどな」 持ってるんかい。 男がちらりと携帯を覗いて立ち上がった。僕の煙草はとっくに灰皿の中で消えてしまったけれど、なんだか立ち上がる気にならなくてその動作をぼんやり眺めていた。伸びをしながら出口へ歩き出し、形容し難い擬音語を吐き出すと、男は振り向きざまに 「自分、ここの人間とちゃうやろ」 と言った。 「いやいやいやいや、産まれてこのかた高専生ですよ」 なんつーことを言うんだこの人は。 「産まれてこのかた?」 「はい」 「子宮にいた頃から?」 「はい」 「ふーん。まあええや。俺もアライグマやし」 アライグマ? 何? こいつキチガイ? 「自分、ちょいちょいここ来るん?」 「あー、結構いますよ。無職ですし」 「ほーかー。そらちょっと楽しみやな」 「ははは」 「名前、なんて言うん?」 「……イチです」 「イチ。ああ、番号のイチ。そっかー、あいつ死んだかー」 「……」 男は腕を奇妙なふうに曲げストレッチをしながら、再び出口に向かい 「生きてたら、また会おうってやつやなぁ」 と呟くとそのまま出て行ってしまった。何なんだろう。この学校は奇人が多い。 僕はもうニコチンも摂取できたし喫煙所に留まる理由もなかったのだけれど、男のすぐ後にここを出ることがどうしてかこの場にそぐわない行動のような心地がして、椅子に深く腰を沈めた。自然と溜め息が出る。 灰皿に水を足そうかと思ったのだけれど、目に付く場所に水道がなかったので、やめた。 |