シ リ ー ズ ア ラ イ グ マ



 いや、なんか走っててん。そしたら、高専戦争ってあるやん。その中でさ。よぉわからへんけど出れへんししばらくここおるしかないなーっていう(笑)まあ、とりあえず大丈夫やけ

「ふーん」
「うわ!びっくした!てゆか見ないで下さいよー」
「何メール打ってんのかなーって思って」
「いいじゃないすかー別に」
「いいけどさ。あーでも今電波届かへんで。一応隔離されてるし」
「マジッすか!」

化学科、て言うらしい。僕は今そこに居る。というか、既に一員と見なされている。
たまに戦争があること以外は、居心地のいい場所だ。教室にこんな居心地の良さを感じたのは初めてだった。
実際、戦闘がないときも他のみんなは新兵器とやらの開発に余念がないので、周りでは仕事にあぶれた通称「無職」の人たちが思い思いに時間を潰している。
戦闘員、ってやつだろうか。もちろん、僕も含めて。

「まじで。伊達に国立やってへんからなー」
この人はニナさん。男なんだけど、27でニナ。本名を聞いたことあるような気もするけど、忘れた。
戦闘に支障をきたすとかそういう理由で、戦闘中は名列番号によるあだ名で呼び合うことになっている。
7ならセブン、39ならサンキューみたいな感じだ。
たまに゛ゴリアテ"とかよくわからないのもあるけど、まあ色々くだらない経緯があるんだろう。

他学科とはいえ、元々は同級生だった。
名前で呼び合うことに抵抗があるのもなんとなく納得できる。
一瞬の躊躇が命を別ける。そういう場にいる。
そういう場にいるはずなんだけど、こうして教室で椅子をプラプラさせながら馬鹿な話をしていると、信じられなくなる。
戦中というのが嘘なのか、この下らない時間潰しが嘘なのか。
以前この話をニナさんに話したら、
「戦争やりながら自習だけの学生生活を送ってるんよ」
と、もっともそうだが明らかに無理のある返答を返された。

「イチ、そんなん送るアテとかおるん?」
イチ、というのが僕に当てられた名前だった。
もちろんここの生徒じゃない僕に出席番号があるわけない。
この学内に潜り込んでしまったとき、三人の男子生徒が目の前で死んだ。
その中に出席番号1の奴がいたらしい。
僕を化学科に案内したあと、彼女は飄々と「偵察中に他学科に出くわした。イチとマルコとジャーが死んだけど、私はこいつに助けられて逃げてきた」と言ってのけた。
僕も、それについては意見しないことにしている。きっとこういうストーリーなんだろう。
そして僕はイチになった。

「まあぼちぼちメールする相手くらいはいますけど。おもろい状況やから送ったろかなー、と」
「ふーん」
「ふーん、って。あ、ニナさんアドレス教えてくださいよ」
「え?!いや、いいけどさぁ・・・しょうがないと思うけどなぁ・・・はい」
「しょうがないって? うわアドレス長ッ!だる!」

しょうがない、が示す意味も解ってた。でも、気付かないふりをするのが一番だと思った。
そのときはそれが一番だと思った。
大抵の場合、これが一番だと思ってする行動は、時間の経過によって最悪とまでは行かないものの、下から数えたほうが早いくらいの位置にまでランクダウンする。
そういうパターンなんだ。しょうがない。
だから、その長いメールアドレスを入れ終わる前に戦闘準備の放送が鳴り響くのだって、しょうがないんだ。
他学科による全く予想外の新兵器が投入されるのだって、しょうがない。誰もそんなことを予測することはできない。
まるでお話みたいじゃないか。コテコテで、ぐだぐだで。

数日後にみんなに聞いて回ったけれども、誰一人としてニナさんの、あの長すぎるアドレスを知っている、ないしメモリに残している人はいなかった。