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7月15日(Thu)

 Fuck me if you can!

「ハンバーガー無料引換券?!またっすかYさん(社員)!前回あんだけエグイことなったじゃないすか!なんでドナルドは学習しないんすか!嫌ですよ!僕はあんな悪魔に魂を売り渡す券は渡しませんよ!あ”ー!」
「うん、またやねん。ややなぁ…でも券は渡してな、俺怒られるから。あーややなぁ…」

 と、そんな感じです。最近はそのYさんと「フラれた時期が同じ」という共通点を皮切りに、ぶっちゃけトークしまくりの楽しくもドロドロのカウンターなのでした。僕が「あー同棲したいー暮らしたいー」ってずっと言ってたのが、ヘッドセットのマイクONになっててドライブスルーに駄々漏れになっていたのにはかなり焦ったけど。あー同棲したい。ものすっごい自然な流れで半同棲したい。やもを得ず半同棲したい。あーしゃあないなぁ、泊まってきや。みたいな。あれ?今日は帰るん?みたいな。あーいいなぁ。まあこれはこれ、一つのリビドーとして取っておこう。今は実行できないし、するときじゃない。僕が今するべきことは、そんなことじゃない。したいけど。




7月15日(Thu)

 「なんか最近つまらんなー」
 「それはあんたがつまらない奴になってるってことだろう?」

 吉野川計画は、全体としての計画性を持たないまま具体的かつ局所的な案のみが進行していくのでした。今日は百均で浮き輪とビーチマットとビーチ棒と水鉄砲を二丁買った。こういうことだろ?怪我はネタになるから、するなら勝手にしてくれれ。死ぬと周りに迷惑ふっかかるので辞めれ。できれば怪我のないように、ギリギリのラインでたまーにライン踏み越えながら騒げ。俺が死んだらごめんやけど、ごめん。

 7月中旬は、14、15、16日と知り合いの誕生日が続くのでちょっと楽しい感じ。しかもそれぞれ全くの他人で、なんで俺みたいなんが共通の友人やっちゃってるのかなーって不思議でちょっと楽しい感じ。実は毎年、三人連なってる順番間違えそうになったりするんだけど、それもちょっと楽しい感じ。忘れにくい誕生日でおめでとう。残念ながら僕の誕生日は忘れられるわ知ってるのに無視されるわで毎年散々なものっていうか本当嫌な思い出しかないんですが、きっと僕がこうやって嫌な部分引き受けてる分だけどっかで「うわっ誕生日覚えてたん?!」みたいなロマンスが生まれているはずなのでっていうか生まれること間違いないので、まあそれならそれでいっかなーしゃあないかーみたいなことを考えながらああやっぱり歳は取りたくないよ。18歳ってのは、区切りではなく、ゴールデンタイムのようなものだ。界王拳みたいなもんだ。俺はいろんなことを成し遂げなくちゃならない。今年は「18歳の夏」で、来年は「十代最後の夏」だ。つまり、来年の自分との勝負なんだ。負けない。

 今日思いついたステキワード。「青春不足」そして「青春補給飲料」
 ああ、どうかしちまいそうだ。どうかしちまいそうだ。




7月14日(Wed)

 たぶん俺は、あんなことはしないだろう。
 そんなこともしないだろう。
 こんなことをするだろう。
 あれはできないだろう。
 ひょんなことは、するかもしれない。
 それも、できないだろう。

 こうすりゃあ良かった。
 そう思うだろう。
 それでも俺は、
 できないだろう。


- - - -

 リアルより、リアリティ。ゆかりより、はるちゃん。あれから一年が経とうとしていて、僕らのゆかり伝説は終わりを告げようとしている。僕はこれからも、一目見ただけの人に恋をして、一期一会に恋をして、久しぶりに会って話をして恋をして、バーゲンに行って恋をして、二秒で別れてまた恋をして、遠くの方にあんたの姿を見かけて恋をして、そんなくだらないことを続けるだろう。曲線定規でグラフの点と点を繋ぎながら、ふと思い出したりもするだろう。僕が恋する相手がゆかりではなくなったとしても、それは大した問題ではないのだ。百万人への恋よりも、一人への愛。百人への愛よりも、たった一人からの愛。そんなことわかってるんさ。しょうがないじゃんか、はるちゃんが居ないんだから。何にもないよりも、百万人への恋。

 



7月13日(Tue)

僕はあなたのこと ずっと愛してるから
僕はあなたのこと 失うことはないだろう

すべてをなくした僕と すべてを許した君さ
今手に握ってるものは ぬくもりという名の獣道

(そのぬくもりに用がある/サンボマスター)

 前々から持論としてずっと言い続けていることだけれど、究極のところ、ラブソングは気持ち悪い。気持ち悪さと心地よさのギリギリのバランスを測っているのが、世の中に良いと呼ばれているラブソングってもんなんだろう。でも結局は気持ちが悪い。ミスチルだってスピッツだって、変態なんだ。変態だからあんなこと言える。ラブソングというだけで、無意識に純粋な相思相愛、あるいはワケアリな悲劇的別れなんてシチュエーションを勝手に作り上げてはいないだろうか。そうやって酔うのもいいんだろうけれど、もっといろんなもの取っ払って聴いてみなよ。自分の経験に還元してみやがれ。

 あんなのね、ストーカーっすよ。歌だからいいものの行動に移したら犯罪者だ。まったく脈なしでむしろ鬱陶しがられてる片思いっていう場面で、あるいはもう終わった恋だってのにしつこく復縁を願いながらぐずぐずと付きまとう男っていう場面で考えてみよう。男が歌いだす。「愛してるの響きだけで強くなれる気がしたよ ささやかな喜びを潰れるほど抱きしめて」「毎晩君が眠りにつく頃あいも変わらず電話かけてやる なんてまるでその気はないけどわからなくなるよ」 ほうら気持ち悪い。これでもまだ素晴らしい純愛だなんて言う奴がいるなら、そいつは自己中な恋愛障害だろ。結局のところ、女の子との受け取り方次第でこんなにも変わるもんなんだ。

 いや、別にスピッツミスチルが嫌いとか決してそういうわけじゃなくて、むしろ初期の作品とかかなり好きで、ただ標本として丁度良かったんで。ていうかほら、僕、一般的なラブソングってこれぐらいしか知らないから。

 大槻ケンヂ、オナニーマシーン、その手のラブソングは圧倒的に気持ちが悪い。男の僕から聞いてもそうなんだから、対象となる女の人には聞くに堪えないものなんだろうと思う。もう初めっから最悪のシチュエーションなんだ。そこから更に変態丸出しの歌唄うもんだから、弁解の余地もない。毎晩君でオナニーしてますだの、できるなら君の子供が産んでみたいだの。でもな、それでもよくないか?俺にとってはこれが純愛なんだよ。気持ち悪いけれど、あの唄は、優しかった。この日記を書くため大槻ケンヂの詩を検索して、改めて思った。




7月12日(Mon)

 「なんでそんなんすんの?」
 「夏だからさ」

 女じゃなくて良かったと思う。もし僕が女だったら、もう売れるもんはなんだって売ってたかもしれない。すっごいやばい橋とか渡りまくってたかも。女は滅多に需要に困ることはないし、マンコはどんなだって崇拝される。こう思うのは僕が男だからで、体に関する概念が希薄だから、売り手側には回り得ないからなんだろうけれど。そりゃ僕はオナニーするからね。

 ただ、みんな、「したい」と「できる」を混合しすぎだ。「したいのにできない」ことと、「できるけどしたくない」こと、それしかない。だから僕は吉野川に行く。吉野川に行きたいから、行く。一見したいことしているようだけれど、こんな事象にだって「したいのにできない」「できるけどしたくない」といった標本が多く含まれている。そんな細かな標本が無数に組み合わさって、表層からは「したいことしてる」ように見えるだけなんだ。と、いくら言ってみたところで、やっぱり外部からは表層しか見えないものだし、そんな些細な苦悩など飯の種にもならない。つまり行き所のない無駄な議論である。それでも僕は、吉野川へ行く。また一人、自分を殺しに行く。

 細胞の記憶、というものを、僕は信じている。ヘビなどの一部の動物が何度も脱皮を繰り返すのは、もしかしたら辛いことのあった当時に自分の中で生きていた細胞を、過去に置き去りにするための通過儀礼的な、そして形式的な儀式なのかもしれない。

 もちろん、そんなわけない。まったくもって無駄な議論である。




7月10日(Sat)

 ちょっと久しぶり。何故俺があれだけ続けていた日記をここにきて書かなかったのか。そしてこれも、未だネット上に挙げるつもりはない。ちょっと、そういう時期なんだよ。俺は、考える。シンキング・マシーンだ。集積回路だ。ジャンプ関数の多いエラープログラムだ。俺は考える。一人で考える。『考える』というより、ただ『想う』『感じる』『馳せる』。自分の中で、様々な物が変態しつつあるのを感じる。ビキビキと音を立てている。神経が皮膚を突き破って外気に晒され、その感覚に呼応して、衝動に襲われる。そう、これはいいことなんだ。なんたって俺は、春を抜け出したんだ。

 俺は変わってしまったのか。ふと鏡なんかを目にすると、自分の姿を認知できない。俺は、こんなだっけ。細胞が、入れ替わってるんだ。ものすごい勢いで新しい細胞が作られていく。エンブリオ(殻)に、ヒビが。

 なあ、いいんじゃないか、もう。飛ぼうぜ。歯ぁ食い縛って奥歯噛み砕いちゃう前にさ。風の切り方を忘れちまう前にさ。翼が前足になっちまう前にさ。変わっちゃいないよ俺たちは。ほら、右目の下、ホクロの位置だってそのまんま。踊ろう、歌おう。俺はまだ死なないんだろうけれど、この俺はきっともうそろそろ駄目なんだろう。自分の死期ならなんとなくわかる。終わりが、近づいてくる。何度目の死かわからないけれど、なんつーかさ、大丈夫なんだよ。つーか、ずっと、大丈夫だったんだよ。ハッスルだ、うん。




7月5日(Mon)

 またやってしまいました。ネタな土日。詳細は本人の口からドウゾ。

 まず土曜。元はと言えば奈良女子大の演劇部である劇団イチゴ大福の新人公演を見に行くはずだったんですよ。そのためにバイトをオフった。でね、気付いたら世間がバーゲンだったんです。夏の大バーゲンってやつ。そんなん言われたら行かずにはいられないってもんでしょう。というわけで、公演が始まる6時半までバーゲン気分を味わうために天王寺へ。

 ここで重大な事実発覚。公演6時半からじゃねぇよ!16時半からだよ!この時点で、どんが一緒に行けるかどうか微妙に。「まあ予備校終わったらダッシュするわー」「はいなー。頑張れ。俺はバーゲン」「どこ?奈良?」「天王寺」「合流しよう」。で、どんと合流。ステーションプラザやらMIOやらうろついてる間に、恋愛体質へ。つーかおかしいんだよ!女の子がみんないちいちステキなの。普通に生活してたら二日に一度くらいのゆかりが、五秒に一度だったからね。異常だこれ。合計200人くらいに恋したと思う。ほんと、後半鬱陶しいくらいゆかりだった。アジアン雑貨はステキ過ぎるのです。

 この時点でイチゴ大福がちょっとどうでも良くなってくる。曽根さん家押しかけよっかー、そうしょっかー、で曽根さん家へ。五時くらい。いつものようにグダグダだらだら。カップラーメン食ってたらカタクリさんから電話。「今日は頭が冴えているのですとても」。気付いたら久宝寺。カタクリと合流。九時くらい。雪駄ステキ。アテもなく放浪する。道端でカップのチゲラーメン食ってる片栗を見ながら駆けつけ一杯。確かに、電話がかかってきた時点で今日は帰れないような予感が少なからずしてたんですよ。予感的中。片栗はノリノリに、どんは渋々、僕はどうにでもなれって感じで久宝寺始発待ちが決定。

 あーもう書くの面倒になってきました。局所的な詳細が片栗のHPにあるんで気になるんならそっち見るなり、僕に聞くなりしてください。と、ここで終わるのもなんなんで、要所要所のキーワードを拾い上げときますから、そっちの脳内で勝手に物語組み立ててやってください。

 フレンドリー発見。でも2時閉店。完全野宿が決定。
 野宿場所である久宝寺緑地は、結構有名なハッテン場。ハッテン場。
 ハーモニカが鳴り響く。
 静脈浮かせてたら薬の売人に間違えられる。
 第一声は「シャブ?1Dいくら?」
 国家の犬の世話になるくらいなら、金貰って犯されてやる。
 って思ってたら両隣から和姦される。
 ハーモニカ吹き放題。口笛も吹き放題。
 マジックアワー。
 蹴られた背中。

 家に帰ったのが7時ごろ。そして11時からバイト。午後8時まで。さすがに死ぬかと思ったよー。こんなマクド店員は嫌だ!「前日、ハッテン場で一夜を明かしたマクド店員」。




7月2日(Fri)

 愛は地球を救いません。
 だって、地球なんて愛せないもの。

 病気の六月が終わったので、また色々と再開します。30日の日記で言った「やらかそうと思ってる」は結局果たせなかったんだけれど、きっとそれはそれで良かったんだ。俺は相変わらず世の中を呪い不幸を願っているけれど、それだって別にいいんだ。カジュアル化された童貞に、デフォルメされた処女。理不尽な態度と、愛憎と諦め、怠惰、誤魔化し、慣れ。一回軽くリセットボタン押してみようか。できれば小指でお願い。シャーペンの芯じゃ、痛すぎるから。